8大将軍吉宗の宿敵、宗春ってどんな人?今でも名古屋人に尊敬されているらしいけど

尾張藩主だった兄の継友が8代将軍の座を紀州藩主吉宗と争って敗れて以来、吉宗因縁の宿敵だった尾張藩7代藩主徳川宗春

質素倹約を旨とした吉宗に対して、派手な装束で吉原通いをした宗春

暴れん坊将軍や大河ドラマなど、吉宗が主役のドラマでは敵役としてネガティブに描かれることも多いですよね。

宗春は今でも名古屋の多くの人たちに尊敬され、慕われているらしいです。

そういえば、私の子供の頃は名古屋って、東京や大阪と並んですごい大都会というイメージがあったんですが。

最近は東京や大阪に大きく水をあけられているような気がします。

宗春が藩主であった時代の名古屋は江戸や京都を凌ぐ繁栄ぶりだったそうです。

「温知政要」を読んで、宗春の凄さがわかった!

本当のところ、どんな人だったんだろう。

疑問に思って、10年以上前に読んだのが宗春の「温知政要」です。

図書館でたまたま見た本の中に、徳川宗春の名前があったので読んでみました。

現代語ではありませんでしたが、16ページと短めだったんです。

読んでみたら、これがおもしろい

派手好きな遊興モノという宗春のイメージが、一辺にひっくりかえりました。

先進的な考えを持つ、とても思慮深い人物像が浮かび上がってきます。

図書館で読んだのですが、その後も何回か読み返しています。

温知政要」は次の本に所収されています。

近世政道論 日本思想体系38 奈良本辰也 岩波書店

大きめの図書館ならたいていの図書館に所蔵されているんじゃないでしょうか。

現代語訳はありませんが、原文(校訂済)で読んでもわかりやすい文章です。

現代人が読んでもわかりやすい論理的な文章を書けたということ自体、宗春の才能を表しているのではないでしょうか。

以下で、私の感想を書いていきます。

素人なんで、勝手な思い込み読み違え多々あると思います。ご容赦ねがいます。

「温知政要」は宗春の尾張藩主就任演説

温知政要」は宗春尾張藩主となって名古屋に入る前の1ヶ月前、享保16年3月に書かれました。

尾張藩主としても心構えや、施政方針などが主な内容です。

日本の首相の所信表明演説や合衆国大統領の就任演説みたいなものでしょうね。

150石以上の家臣に配られました。

温知政要」を読んで、名古屋の人々はもちろん、京都の儒学者なども絶賛したといいます。

ところどころで、吉宗の政策を真っ向から批判しているので、吉宗は苦々しく思っただろうな。

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